家庭と仕事の両立を目指した男は、なぜ米焼酎の現場に帰ってきたのか。酒造りに燃える井川 慶史が選んだ幸せのかたち【はたらく、はくたけ#7】
白岳で働くプロフェッショナルの矜持に迫る社員インタビュー「はたらく、はくたけ」。
第7回は白岳しろを製造する人吉本社蒸留所で米焼酎の原酒づくりに挑む、井川 慶史さんの仕事観に迫っていきます。
本格米焼酎の製造経験者として白岳へ転職してきた、井川さん。
酒造りの知識を得るために勉強を重ねるストイックな姿勢やその愛嬌あふれるキャラクターで社内からの厚い信頼を得ながら、家庭では一人の父親として子育てにも日々真剣に向き合ってきました。
そんな公私共に前向きな姿勢で取り組む井川さんですが、これまでの人生で働き方を大きく見つめ直す転機があったといいます。
長年全力で仕事とぶつかってきたからこそ生まれた葛藤。当社で働くことを決めた背景には、一体どんな想いがあったのでしょうか。
今回は井川さんが担当する原酒製造の工程の一部を見学しながら、白岳しろの味を守り続けてきた造りの基本を学んでいくことに。
仕事人として、そして家庭人として。その二つの役割を担いながらも最高の焼酎を造ろうと覚悟を決めた職人の姿にスポットを当てていきます。
米焼酎の全てを知るために
--本日のスケジュールはどんな感じですか?
井川/今日は朝から出麹(でこうじ)があります。
完成した麹を室(むろ)から出していく作業で、米焼酎の味わいを左右するかなり重要な工程です。うちには3つの麹室がありますが、その中でも一番大きな設備では一升瓶にして約32,000本分の麹を製造するんですよ。
井川/昔から和酒の世界には「 一麹、二酛(もと)、三造り」という格言があって、いい酒を造るためには麹が最も大事だとされてきました。
麹が不完全だと取り返しがつかないので、万全な状態に仕上がっているかをしっかりと確認した上で出麹の作業に取り掛かるんです。
井川/もちろん自分の感覚だけで判断するのではなく、出麹する前に採取したサンプルを専用機器に掛けて分析していきます。
最新技術を駆使して客観的な数値を把握しながら、職人の目で麹の変化を見極める。この二つのバランスが何より大切なんですよね。
--井川さんは前職で焼酎づくりの経験があると聞きました
井川/そうですね。別の蔵元でお米の蒸しから麹づくり、蒸留、そして時には販売応援まで色々なことを経験させてもらいました。
それまで漠然と飲んでいた米焼酎が初めて面白いと思ったのもこの時です。同じ米と水で仕込んでも、造りによって味や香りが変わる。その微妙な違いがわかると、焼酎造りの仕事がどんどん楽しくなって。
当時の経験が現在の業務にも活きてますし、焼酎製造の体系的な流れを理解できたことは自分にとって大きな財産になっています。
井川/ただ、白岳に入社してからは改めて勉強の日々ですね。
以前働いていた蔵とは焼酎の仕込み方や生産量も全く違うので、入社当初は工場の清掃・機械のメンテナンス・米の洗いといった基礎的な仕事に取り組みながら白岳の酒造りを体で覚えることからスタートしました。
最初は必死でしたよ(笑)。家でも機械のマニュアルを何度も読み返して、現場では新しく出会う機器の操作やクセと格闘する毎日でしたから。
井川/それでも一歩ずつ着実に出来る作業を増やしてきたことで、最近では少しずつ重要な工程も任せてもらえるようになりました。
スイッチの操作一つで何万本という焼酎がダメになることもあるので、現場では決して“作業に慣れないこと”を大事にしてます。緊張感を持って、いつでも自分の仕事に責任を取る姿勢でいることが最近のテーマです。
井川/とはいえ、米焼酎造りは本当に覚えることが多くて奥が深いのでまだまだ勉強しなければいけないことが山積みなんです。
いまは必死で目の前の仕事に食らいついている状態ですけど、いつかは全ての作業に精通した米焼酎のプロフェッショナルへと成長したいです。
自分らしい働き方、幸せな生き方
--井川さんはこれまでどんなキャリアを歩んで来たんですか?
井川/人吉球磨に生まれて、高校まではずっと地元で暮らしてました。
昔からチームで盛り上がるのが好きで、小さい頃は野球やソフトボールに明け暮れてましたね。それから就職を期に中部の方へ出て、自動車関係の工場で数年働いた後にこっちで球磨焼酎の蔵に転職したんです。
一人で何役もこなしながら、せわしなく動き回るスタイルが自分には合っていたのかもしれません。振り返ってみても、焼酎蔵で働いた期間はとても充実した仕事生活を送れていたと思いますから。
井川/ただ、家庭の事情で二度目の転職をした時に状況が一変しました。
新しい職場は目が回るような忙しさで、仕事から帰宅するのはいつも深夜。当時は結婚して子供が生まれたばかりだったんですが、一緒に食事を摂るどころか満足に顔も見られないくらい遅くまで働く日々が続いたんです。
そんな疲れやストレスが溜まっていたんでしょうね。ある日家に帰ると「最近、目が血走ってて怖い」と妻に言われ、その瞬間ハッと我に返りました。
井川/その時の言葉をきっかけに家族との時間を大切にしようと思い立って、自分の経験を活かせそうな白岳に中途入社したんです。
うちの会社は業務時間のメリハリがあって残業も少ないので、朝も夜も子供や妻とゆっくり食事したり、休日も公園に出かけてのんびりしたりとこれまでにないほど家族との充実した時間を過ごせてるんですよ。
最近は子供も生意気になってきたんですけど、それがまた可愛くて(笑)。そんな成長を間近で見られるだけで嬉しくなります。
井川/あと仕事の面では、一緒に働く人たちに本当に恵まれてますね。
人吉本社蒸留所のメンバーは職人としてプロ意識の高い方ばかりで、いつもは休憩中なんかも和気あいあいと楽しい雰囲気なんですけど、いざ仕事に取り掛かると皆さん一斉に真剣な目つきへと豹変するんです。
井川/部署全体が仕事に本気で、自分として凄く心地良いんですよ。
そんな張り詰めた空気の中にいると野球部時代にチームで勝利を目指していた当時の感覚が蘇ってくる気がしますし、刺激的なメンバーに囲まれているだけで自然と力が湧いてきますから。
井川/一生懸命自分らしく働くこと、家族と幸せな時間を過ごすこと。
これは僕にとっての両輪みたいなもので、どちらも生きる上では欠かすことのできない要素です。仕事も家族も心の底から愛しているからこそ、この二つを満たしてくれる白岳の仕事に出会えたことには感謝しています。
これからも渾身の仕事で周囲の期待にも応えながら、大好きな家族とかけがえのない時間を一緒に過ごしていきたいですね。
さらなる“高み”を目指して
--そんな公私ともに絶好調な井川さんの抱負を教えてください
井川/最近は仕事もプライベートも充実しているんですけど、その一方で漠然とした“焦り”のような感情が生まれていることも確かです。
若い頃はガムシャラに働くだけで満足だったのが、年齢を重ねるごとに「このままでいいのか?」という内なる声が大きくなっている気がして。
仕事のスキルを高めていきながらも、何か新しいことにも挑戦してみたいってウズウズしている自分がどこかにいるんですよね。
井川/やっぱり焼酎造りの仕事に選んだからには、いつか「白岳しろ」みたいに後世に受け継がれるお酒を造ってみたいという想いがあります。
麹や酵母の組み合わせを研究したり、仕込み配合を変えてみたりとやってみたいことは山のようにありますし、自分が亡き後も名前が残る銘酒を世に送り出すというのは造り手にとって一つの憧れですから。
そのためにも、さらに深い部分まで米焼酎を突き詰めないといけません。
井川/それに加えて、酒造りの幅を広げることも必要だと感じてるんです。
いま白岳は本格米焼酎だけでなく、クラフトジンやウイスキーといった新しいジャンルにも次々と進出しています。もし将来的にそうした世界の蒸留酒に携るチャンスがあれば、その中で学びを深めてみたいですね。
新たな挑戦から得た経験は、きっと米焼酎にも返ってくるはずですから。
井川/ということで、常に向上心を持って現状には決して満足するなという自分への戒めを込めてボトルには「もっと冒険しろよ」って書きました。
毎日一生懸命働いているとつい日常に流されそうになりますけど、常に変化したいという気持ちがあればもっと貪欲に成長していけるはずなので、機会を捉えてどんなことにもチャレンジしていくつもりです。
--井川さん、ありがとうございました!
井川/今回取材を受けてみて、やっぱり酒造りという仕事が大好きで改めてこの道を突き詰めていきたいと感じました。
いつか自分のお酒だと胸を張って言えるような一本を造るためにこれからも頑張っていきますので、ぜひ期待して待っててください!