YOASOBI「ハルジオン」の原作を手掛けた人吉球磨出身の小説家・橋爪 駿輝。何気ない日常に“物語”を見出し続ける、創作との向き合い方/and SHIRO#7
「昔から、物語が好きなんです。」
柔らかな表情と語り口、そして身に纏った独特の空気感。
熊本の人吉球磨で生まれ育ち、執筆を通じて自らと葛藤しながらその道を切り拓いてきた新進気鋭の小説家が橋爪 駿輝さんです。
高校時代から本格的に小説を書き始めた、橋爪さん。
大学入学を期に上京してからも創作の手を緩めることは無く、テレビ局入社後はプロデューサーとしてドラマ作りに情熱を注ぎながら、自らの琴線に触れた社会や若者たちの群像を小説にしてきました。
動画再生回数1億回に迫るYOASOBIの楽曲ハルジオンの原作となった、小説「それでも、ハッピーエンド」。
そして、2023年2月に北村匠海さんと中川大志さんの主演で映画化が実現した小説家デビュー作「スクロール」。
小説家、脚本家、監督、クリエイター
手法や肩書にこだわらず、自らを揺さぶったあらゆるものを表現へと結びつける感性は一体どこからやってきたのか。
幼少期から高校時代を過ごした人吉球磨での原体験、上京して出会った人や出来事、そして今見据えている新たな物語を掘り下げながら表現者・橋爪 駿輝の輪郭に迫ります。
途方もない時間と小説への衝動
--橋爪さんは、いつごろから小説を書き始めたんですか?
橋爪/たしか、小学4年生だったと思います。
当時の僕は今で言う“引きこもり”の状態で、途方もない時間をやり過ごすために始めたのが小説を読むことでした。テレビゲームや映画にものめり込みましたけど、自分にとって一番の救いは小説だったんです。
日々湧き上がってくる鬱屈とした気分を振り払うようにいつしか小説を書くようになり、高校で本格的に創作活動に取り組むようになりました。
書いてるときだけは、嫌なことも忘れられたんですよね。
橋爪/そんな悶々とした日常を小説にしたためながら、大学受験のタイミングで東京に行きたいと決意しました。
東京って、小説や映画でも人生を一変させてくれる舞台として登場するじゃないですか。人吉球磨の片田舎で生まれ育った自分でも都会に出たらきっと変われる、そんな漠然とした期待を抱いてた気がします。結局入学したのは横浜の大学ですが(笑)。
大学に入っても相変わらずそんな空想を追い求めて、バックパッカーとして海外に自分探しの旅へ出たこともありました。でも、外の世界に理想の自分を求めてみても結局何ひとつ見つかりはしないんですよね。
逆にそうやって空っぽな自分を突きつけられるたびに、小説を書きたいという衝動だけがかろうじて残ってることに気付かされるんです。
橋爪/そんな経緯もあって「自分自身には光るところが無い」と本気で思ってたので、就職活動も自己PRじゃなくて企画案を作って面接に持ち込みました。
自分はこんな番組を作ってみたい、こうしたらもっと面白くなる。
その時面白いと感じていたことを熱っぽく語ってただけなんですけど、結果的にテレビ局に拾っていただいて番組編成からドラマのプロデューサーまで幅広い経験を積ませてもらいました。
そして、在職中の2017年に書き上げたのがデビュー作「スクロール」です。
橋爪/この小説はテレビ局に勤めながら忙殺されていく僕自身の日々や大切な友人の死といった、その時の自分が感じていたテーマを思うままに書き上げた原石のような作品です。
今と比べるとタッチや表現に荒々しい部分もありますけど、この時だからこそ表現できた熱量だったと思います。おそらく、今の僕にはこんな荒削りで熱い作品を書くことは難しいでしょうね。
そういう意味で、とても思い入れのある一作なんです。
全てのはじまりは「物語」
--テレビ局を退職して、独立しようと思ったきっかけは何だったんですか?
橋爪/純粋に、外部から入ってくる仕事が増えてきたからです。
会社からは小説を書くことは例外的に認めてもらってましたけど、基本的にテレビ以外での映像の仕事など副業がNGだったんですよ。
でも、YOASOBIさんからオファー頂いて書いた小説が「ハルジオン」という楽曲の形になったり、先ほど紹介した「スクロール」の映画化が決まったタイミングぐらいで少しだけ手応えを感じて独立しようと決めました。
サラリーマンとして朝早く起きたり決まった時間に出社することも得意なタイプでは無かったので、ある意味自然な流れだったかもしれませんね。
橋爪/僕の創作って“物語”を広げるところから始まるんです。
小さい頃から自分の中に浮かんだ楽しいお話を文字に変えたり人に伝えていくことが、たまらなく楽しかったんですよね。
基本的にそのスタイルっていまも全く変わってなくて、仕事関係の人とお酒を飲んでる時なんかにする「こういう話って面白くないですか?」みたいなストーリーテリングが少しずつ実現していった感じなんですよ。
だから僕はもちろん小説家でもありますけど、広告でも映像でも音楽でもそこにある物語を表現することが自分の仕事だと思ってます。去年監督したAmazon Originalドラマ「モアザンワーズ」もそんな表現の一つです。
橋爪/物語をつくるときは、実際に自分が触れて熱を感じたものを形にしていくことが多いんです。
2022年に「この痛みに名前をつけてよ」という小説を刊行しましたが、これは幼少期から引きこもりの主人公が出口のない苦しみに苛まれながらも、ある救いを手に入れていくストーリーです。
僕が小さい頃に田舎の片隅で感じていた、砂を噛むようなザラザラとした苦しさや小説と出会って救われた当時の想いを一つの物語として伝えたいと思って書き上げました。
リアルを伝えたいからこそ、僕の小説にはわかりやすいハッピーエンドというのが少ないんです。明らかに幸せな結末には、ちょっとした嘘臭さを感じてしまってあんまり好きになれなくて…。
橋爪/普通に生きていたら悲しみとか幸せって、完全に分けられるものでもないじゃないですか。僕は作品にちょっとした苦みというか少し浸れるような読後感を含ませたいと思ってるんです。
僕自身、そんなビターズ・エンドな物語が好きなんですよね。
小説のテーマが変わっても心の揺れ動く様や細やかな心情の表現はリアルな世界や人間を描く上で大切な要素でもあるので、その質感にはこれからもこだわり続けていきます。
現実世界に横たわる物語たち
--橋爪さんは、結構お酒も飲まれますか?
橋爪/はい、かなり飲みます。いつも二日酔いとの戦いです。
僕は基本的にお酒を飲んだらもう仕事出来なくなっちゃうんですよ。小説って書こうと思ったら際限なく書き続けられるので、ある意味お酒がオンとオフを切り替えるスイッチのような存在になってくれてるのかな。
あとお酒を飲む場って、思わぬ出会いも多くて僕にとって貴重なインプットの時間でもあるんです。この間なんて地元のスナックでカラオケしてたら、謎の紳士が歌に合わせていきなりバイオリンを弾き始めたんですよ。
その状況はもう訳がわからないんですけど、オジさんがバイオリンを弾く意味とか感情を思い浮かべたらそれだけで一つ物語が出来そうというか。
橋爪/よく「人ひとりの一生は一冊の小説になる」なんて言われますけど、本当にそうだなって感じます。
自分の周りを見渡しても魅力的な人や出来事にあふれているし、僕が小説を書く時はその人たちの晴れやかな部分も仄暗い部分も含めて一つの物語として表現していきたいです。
そしてお酒と過ごす時間がその役割を担ってくれるので、そういった面白い瞬間に立ち会えるように今後も色んな場所に首を突っ込んで素敵な出会いを作っていければって思ってます。
--今後は、どんな物語を書いていこうとしているんですか?
橋爪/まだ具体的な内容は明かせないんですけど、ある社会的なテーマを小説にしようと取材や執筆に取り掛かってます。
これまでは登場人物を起点に物語を膨らませていくというやり方で書いていましたけど、今作は現実に起っている問題や理不尽の中に一つの物語を浮かび上がらせるような表現にチャレンジしています。
社会問題を解決したいっていう責任感とかではなくて、同じ世界で生きていながらも薄皮一枚で隔たれた世界でいま何が起こっているのかを自分なりに伝えてみたくなったんです。
橋爪/世の中には僕たちが覗いたことのない世界がまだまだ広がっていて、そこには信じられないような驚きや魅力が詰まっていると信じてます。
僕の役割はその世界の切り取り方を変えていくことで新しい物語へと仕立てていくことだと思っているので、新たな挑戦が詰まった次回作をぜひ楽しみにしてください。
小説や脚本を書いている時以外は大体酒場にいるので、また一緒にお酒でも酌み交わしましょう。楽しかったり悔しかったり、色んな物語の話でもしながら。
Creator
and SHIRO