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地域の森林を甦らせる「多良木メンマ」プロジェクト。放置竹林を活用した国産メンマが生み出す、食と森の“やさしい循環”のかたちとは

今は昔、竹取の翁といふものありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。

出典:竹取物語

こちらは国語の教科書でもおなじみ「竹取物語」の冒頭部分ですが、この日本最古の物語が書かれて1000年以上が経った令和の時代にも、悠然と野山へ分け入って竹を取り続ける人物がいます。

悠久農園  代表  矢山 隆広(ややま  たかひろ)さん。

2017年に移住した熊本県球磨郡多良木町で、日本中で深刻な社会問題と化している「放置竹林」の課題に取り組む社会起業家です。

PROFILE 矢山  隆広 YAYAMA   TAKAHIRO
熊本市出身/多良木町に地域おこし協力隊として移住。現在は放置竹林を活用した国産メンマを製造する悠久農園の代表を務めている

そんな矢山さんが2023年に製造を始めたのが、多良木町の竹林から採取した竹を原料にした純国産の「多良木(たらぎ)メンマ」

“おにぎりに合うメンマ”をコンセプトに、地元の名産であるお米との相性にこだわり抜いた逸品として発売当初から高い人気を誇っています。

多良木メンマ-梅味‐

美味しく食べることで、森林を活かす。

そうした森と人の循環を自らの手でつくりたいと考える矢山さんは、多良木メンマを気軽に楽しめるおにぎりのお店も新たにオープンしました。

今回は悠久農園が管理している竹林を訪ねて、長年地域で手つかずだった「竹」というテーマにチャレンジをした矢山さんの想いやこれから地域に遺していきたい未来のかたちについて聞いていきます。

竹と食が織りなす、美しい循環

--しっかり見ると、竹林ってこんなに美しいんですね

矢山/そうですね。この美しさも竹が持つ魅力の一つだと思います。

全国で管理の行き届かない放置竹林が増えて地すべりなどの「竹害」が問題になっていますが、竹って本来とても魅力的な植物なんです。加工の幅も広くて、素材としても使いやすいですから。

一方で竹は生命力が強くて一気に伸びてくるという面もあるので、定期的なメンテナンスを欠かせないのが大変でもあるんですよ。

矢山/取り除くにしても、タケノコを一つひとつ掘り返すのはかなり大変ですし、成長した竹を切り倒すのはさらに重労働になります。

ただ、幼竹(ようちく)と呼ばれるタケノコと竹の間の状態であれば10秒ぐらいで切り倒せるので、僕たちのプロジェクトではこの伐採した幼竹を加工してメンマとして出荷しているんです。

幼竹(ようちく)

--メンマづくりはどのように始められたんですか?

矢山/もともと食品を扱った経験がなかったので、宮崎県の延岡市から全国に放置竹林を活用したメンマ作りを発信しているLOCAL BAMBOOさんに2020年から監修いただいて作り始めました。

矢山/その上で大切にしたのが「ごはんをおいしくする。森を美しくする。」という多良木町ならではのコンセプトです。

メンマだけが目立っても、意味がないと思ったんですよね。

僕たちのメンマが起点となって多良木町の特産品であるお米をより美味しく食べていただき、その結果として町の森林が美しくなっていく。純粋にそんな食と森の循環を作ってみたかったんです。

矢山/味付けも多良木産の梅や柚子味噌を採用することで、地元の原料やこの土地の良さを活かすことにこだわりました。

その上で、絶対に譲りたくなかったポイントがメンマの味です。

多良木メンマのおにぎり

矢山/こうした活動って「社会的に良いことをしている」という部分が取り上げられがちですけど、食で最も大事なのは美味しいことだと思うんです。

だからこそ、メンマを開発した時も自ら味をチェックして納得のいくものをリリース出来た自信がありますし、価格ではなくその味やストーリーに共感していただけるお店様に置いていただくようにしています。

多良木メンマ-柚子味噌味-

メンマを通じて町の食文化を発信することを一つのミッションとしながら、これまで見過ごされてきた竹林という地域資源に改めて光をあてることで、少しでも多良木町に貢献できれば嬉しいなと思っています。

竹林と格闘して得た実感

--矢山さんは多良木町で生まれ育ったんですか?

矢山/いえ、実は生まれが宮崎県で育ったのは熊本市内なんです。

新卒で熊本の企業に就職して、その後「一度は東京に行ってみたい」という若い勢いで上京しました。それなりに楽しい日々を送っていたんですけど、2016年に発生した熊本地震で一変したんですよね。

地元で起こった未曾有の大災害。生まれた街や両親が心配でその日のうちに帰ろうとしても熊本に入ることすら出来ない。なんとも言えない無力感に打ちひしがれて、その瞬間に実家へ戻ることを決めました。

矢山/それから東京で開催された熊本県のUターンイベントに参加したのがきっかけで、地域おこし協力隊として多良木町に移住しました。

地域資源の活用という町のミッションに沿って様々な仕事に取り組む中で、最終的に惹かれたのが竹でした。放置竹林対策には補助金も出ていたし、なぜか竹を見ているだけで心が動かされる自分がいたんです。

ただ竹林の管理に関しては完全なる素人だったので、自分のスキルが不足している部分を補うために近隣で竹林整備をされていた方に協力をお願いして、今でも一緒に作業をさせていただいています。

矢山/最初は地権者の方々を探すところから始まったんですよ。竹林の所有者さんを探し続けて、ようやく15件ほどの所有者さんから管理の許可をいただくことができました。

ただ、所有者さんの中には竹林を長年放置している方、一度も行ったことがない方、土地を保有していることを忘れてしまっていた方までいて、ご自身が所有する竹林に対してあまり関心がない方が多いことに驚きました。

管理の許可をいただいてからはひたすら竹と格闘する日々です(笑)。

矢山/複数の荒れた竹林を回りながら、少しずつ整備をする毎日。

仕事はもちろん大変でしたけど、取り組むうちに竹の魅力に惹き込まれていくのが不思議でもありましたよね。「宝探し」といったらいいのかな、竹林を切り拓いていくたびに少しずつ前向きな希望も湧いてきたりして。

矢山/そんな手探りの竹林開拓を開始して4年目となった今年、ようやく多良木メンマというプロダクトを世に出すことが出来ました。

矢山/自分たちが整備した土地から生み出した商品でお金を稼ぎ、地域にリターンを返しながら、さらなる竹林整備を進めていく。

食と森だけでなく多良木町という自治体に新しい経済の循環を作り出すこともこのプロジェクトにおける目的の一つなので、この3年間の頑張りを成果に変えるためにも一つでも多くのメンマを届けていきたいですね。

そこにあるものを活かしていく

--多良木メンマの製造に成功して、次は何にチャレンジするんですか?

矢山/引き続き放置竹林の整備やメンマ製造に取り組むのはもちろん、次はその価値を伝えるフェーズにも挑戦したいと思ってます。

その第一歩として、多良木メンマと美味しい地元のお米を楽しめる「おむすび ややま屋というお店を人吉市内にオープンしました。

矢山/熊本市から移住してくれた母と一緒になって、多良木メンマとお米の美味しさが気軽に楽しめる美味しいおにぎりを届けようとしているんです。

まだオペレーションが不慣れな部分も多くてご迷惑をおかけすることもあるのですが、お客様から「このメンマはどこで買えるの?」なんて聞いていただく機会が増えてきたのが純粋に嬉しいんですよね。

矢山/ただ、僕にとってはメンマを売ることがゴールじゃなくて、あくまで目指したいのは地域資源の活用です。

竹という地域資源一つとっても、幼竹から作るメンマだけでなく竹の稈(かん)を使った竹細工や竹炭、竹の枝を使った竹穂垣、竹の葉を使った草木染めなど、まだまだ使える部分が多くあります。

それまであまり活用されてこなかった素材を活かすことを考えるだけでワクワクしますし、そういう意味では竹だけにこだわる必要もないのかなって。

例えば管理が行き届かなくなった梅園や栗園、空き家など、多良木町に眠る様々な資源を見つけて活用していきたいという想いもあるんです。

矢山/そんな抱負もかねて、白岳しろのボトルには「ワクワクをひたすら追い求める!」って書きました。

これまで自分が面白そうだと思ったことには何でも挑戦してきました。その中で放置竹林の活用というワクワクを追求できるものに出会えたので、これからもその胸の高鳴りを追い求めていきたいと思っています。

自分が興味を持った事にはなんでもチャレンジして、もしダメだったとしても失敗を分析して次の成功に備える。挑み続けることが自分のスタンスですから、これからも前だけを見つめながら邁進していきたいですね。

--矢山さん、このたびはありがとうございました!

矢山/こちらこそ、遠くまで来ていただきありがとうございました。

実はいま球磨焼酎に合う多良木メンマを密かに研究中なんです。球磨焼酎も原料はお米なので相性が抜群なのは間違いないですし、いつかこの地域を代表する文化とコラボレーション出来たら嬉しいなって。

旬のタケノコはもちろん、青竹料理にかっぽ酒なんかを合わせても最高じゃないですかね。竹には美味しい要素があふれているので、ぜひまた竹林で一緒に楽しみましょう!