ジビエに学ぶ「地域の力」。40年以上狩猟肉で地元を盛り上げる村上精肉店が頑なに守ってきた町の食文化といま踏み出した未来への一歩とは
野山を自由に駆けまわる、イノシシやシカなどの野生動物たち。
近年こうした野生鳥獣が田畑や民家を荒らす獣害が深刻化しており、全国の自治体がその対応と真剣に向き合い始めています。
そして今、その解決策として大きく期待されているのがジビエ料理です。
ヨーロッパでは貴族の伝統料理として親しまれてきたジビエ(狩猟肉)。
実は私たちが蒸留所を構える多良木町にも昔から獣肉を食する文化があり、“骨かじり”などの郷土料理を通じて山の恵みを享受してきました。
獣とのギリギリの駆け引きに、山中に響き渡る猟銃の音。
ジビエといえば狩りのイメージが先行しがちですが、独特の臭いがある獣肉を美味しく食べられるのは熟練した目利きと捌きの腕前があってこそ。
そんな多良木町が誇る狩猟肉加工のプロとして、全国の猟師やシェフから絶大な信頼を集めるのが村上精肉店の二代目・村上 武春さんです。
全国でもここだけでしか開催されていない猪の競り市(成体市場)をはじめ、創業から狩猟肉にこだわり続けてきた村上精肉店さん。
現在では食肉卸や小売に加えて、ビジエを気軽に楽しめるレストランと宿泊施設を併設した美食の森Reビエを2021年にオープンするなど、グルメや観光を絡めながらその魅力を多角的に発信しています。
今回、そんな村上さんにオーダーしたのが白岳しろに合うジビエ料理です。
ジビエを取り巻く地域の在り方とは、一体どんなものなのか。
狩猟肉を知り尽くした職人が振る舞う一皿を堪能しながら、その文化の根底に流れる人々のつながりを紐解いていきます。
山の恵みを一皿で愉しむ
「お腹空いたでしょ?お昼にしませんか」
私たちのお腹具合を見透かした優しいお言葉に甘えて、厨房から漂ってくる香ばしい匂いに期待を膨らませます。
待つこと15分…。
私の前に運ばれてきた料理がこちらです!
え、これが本当にジビエ!?
狩猟肉の宝石箱じゃないですか!
上から見ると、まるでフランス料理のようなビジュアル。
塊肉みたいな料理を想像していましたが、一瞬で惹き込まれます。
早速、このウインナーからいただきます!
--これは美味しい!普通のウインナーより濃厚でパンチがありますね
村上/これは猪鹿鶏(いのしかちょう)フランクといって、ジビエ2種(猪・鹿)と鶏を独自の割合でブレンドした自慢の商品ですね。
村上/スパイスもしっかり効いてて美味しいでしょ?ジビエの力強さをそのまま感じていただける料理だと思います。
--ジビエ肉の歯ごたえと野趣あふれる香りが本当に最高…。いきなりやられたなぁ…
村上/次はそのロースト肉を食べてみませんか?
--ん!?柔らかすぎる!これ牛肉ですよね?臭みも全く無いし
村上/あはは、これは立派な鹿肉ですよ。
こちらは球磨産の天然鹿で作った鹿ローストで、熊本県商工会連合会が主催する「肥後もっこすのうまかもんグランプリ2022」でベストセレクションを受賞したうちの一番人気です。
村上/自家製タレが特に人気で、作り方を聞きに来る方も多いですね。
焼酎と合わせたら、もうたまらんですよ!
--くぅぁぁぁ!自家製タレが絡んだ鹿肉の風味と柔らかな食感に、しろのロックが悪魔的に合う!これはとまりません…
村上/うまかでしょ?気に入っていただけたようで良かったです!
最後は、ジビエのタルタルです。黄身を溶かして食べてみてください。
--アボカドや黄身のコクに負けないジビエの存在感…。素晴らしい調和で、しろのさっぱり感とも相性抜群です!
村上/ありがとうございます(笑)。
知り合いのフレンチシェフからタルタルという料理を教えてもらって自分たちなりに改良を重ねた一皿です。本来は牛の生肉で作るんですけど、ジビエだとその力強い味わいがより際立つんですよね。
ジビエの新境地が楽しめるメニューだと思います。
--いやぁ、ジビエの概念が完全に覆りました。それにしても、何故こんなに柔らかくて臭みも無いんですか?
村上/狩猟肉って硬くて臭いというイメージを持ってらっしゃる方が多いですけど、実はそんなことないんです。ただ、美味しく食べるにはしっかりとした下処理と調理が必要なんですよ。
血抜きが少しでも甘いと臭くなりますし、鹿肉なんかは特に硬くなりやすいので火の入れ方にも気を遣う必要があります。
村上/僕がこのレストランを立ち上げたのも、そんな扱いの難しいジビエの美味しさを気軽に楽しんで欲しいという想いからなんです。
ここでしか味わえない料理なので、ぜひ食べに来てください。それまでのジビエのイメージが一変すること間違いなしですから。
地域で育んできた、ジビエの文化
--ごちそうさまでした!どの料理も本当に美味しかったです。
村上/そういっていただけるのが、一番嬉しいですよ。
昔からこの地域には町のみんなでワイワイ盛り上がりながら猪や鹿を楽しむ文化があって、僕が小さい頃も家族全員で店を手伝いながら地元のお祭りなんかで炭火焼きや唐揚げを振る舞ってきました。
どこで知るのか、みんないい肉が入ると嬉しそうに集まってきてね(笑)。
自分にとっての肉屋はいつも笑顔に囲まれて楽しそうで、僕もそんな時間が大好きだったから気がついたら家業を継いでました。
--狩猟肉って、普通の食肉とはどんな違いがあるんですか?
村上/まずは、仕入れや販売の難しさがありますよね。
うちは牛や豚も扱ってますけど猪や鹿の場合は狩猟なので、いつどんな種類の獲物が入るかわかりません。ですから、日頃から地元の猟友会や県外の猟師さんと密なつながりを作ることが大切になってきます。
あと、いい肉が入っても買う人がいなければ商売が成立しないので、料理店や個人のお客様と日頃からコミュニケーションを取り続けて常にニーズを把握することも大事です。
ジビエは基本的にはマッチングの世界なんです。販売価格も一定ではなくて、市場の需給や肉の状態によってその都度設定していくんですよ。
村上/だからこそ、猟師さんと僕たち肉屋はいつでも真剣勝負です。
肉の美味しさは猟師の血抜きによって決まるので、肉屋は適切に処理されているかを見極めなければいけませんし、猟師さんも僕たちが満足する肉を提供するために狩猟の腕を磨き続ける必要がありますからね。
でも、こうして切磋琢磨しながらお互いを高めあってきたからこそ、この土地に狩猟肉を食べる文化が根付いたんだと思います。
村上/ジビエが産業として成り立つには、全てが繋がらないと駄目なんです。
いい肉を捕る猟師、狩猟肉の捌きを熟知した職人、そして最終的に美味しく食べていただく消費者。これらが一つの大きな流れとして連動した時、初めてその場所にジビエの文化が生まれていくんですよ
歴史的に狩猟肉を食べてきたこと自体が、この地域の希少な財産だと思ってます。これからも肉屋として妥協のない仕事を貫くことで、この地で育まれてきた文化を次世代に継承していくつもりです。
いま立ち返る、自らの原点
--本業の精肉店に加えて、レストランと宿が一体となった「美食の森Reビエ」を設立した背景を教えてください
村上/一つは、危機感ですよね。
この地域でも大きな課題となっている、猟師の高齢化や獣害の深刻化。これまでの仕組みでは上手く機能しなくなっている状況に対して、何かしらの手を打っていかなければという想いは常に自分の中にありました。
あと多良木町でジビエを楽しんでも、その後に宿泊できる施設が少なかったんですよ。そんな課題について色々と考えるうちに「だったら自分で作ればいいんだ」と思い立って、この施設を立ち上げたんです。
村上/もう一つは、自分の原点に立ち返ったことも大きかったかな。
令和2年7月豪雨でこの建物が浸かった時、どうせなら本当にやりたかったことに挑戦しようって開き直りました。やっぱり僕の原点って、地域のお祭りで料理を振る舞って町のみんなが笑っているあの光景なんですよ。
精肉店という役割にこだわらず、料理や宿も自分たちで手作りして面白いと思ったことは全部やってみたかったんです。料理は作り慣れてたし、昔からジビエコンテストも主催してたから何とかなるかなって。
村上/最近、狩りを深く知るためにわな猟免許も取得しました。
狩猟、精肉、料理っていう一連の流れを、肉屋である自分たちが発信できたら面白いと思いませんか?確かに大変なことも多いですけど、まだまだやりたいことが沢山あってワクワクしている自分がいます。
先日奈良県から「ホームページを見てきました」というお客様がいらっしゃっいましたけど、それも一つのご縁ですよね。僕たちの小さな一歩は、外の世界と確かに繋がってるんだなって日々感じますよ。
村上/長年狩猟肉に携わってきた一人としては、ここ多良木町から日本のジビエ文化を支えていきたいです。
肉を囲んでみんなで過ごす、幸せな時間。
そんなこの町が守ってきたシビエの楽しみ方を一人でも多くの方に提供して、僕たちなりにその良さを伝えていきたいと思います。
--村上さん、美味しいジビエと素敵なお話ありがとうございました!
村上/白岳さんの商品は定番の米焼酎からクラフトジンまで何でも揃ってますので、ぜひまた遊びに来てくださいよ。
事前にご予約いただければその日一番のジビエを用意してお待ちしてますので、その時はバーベキューでもしながら飲みましょう!