地域で700年受け継がれてきた「食のバトン」を次世代につなぐ本田 節の挑戦。温かい食卓から浮かび上がる豊かな未来のあり方とは
生成AI、DX(デジタルトランスフォーメーション)、メタバース
いま世界中でこうした先端技術が爆発的な進化を遂げ、生産性の向上や社会課題の解決という側面から変革を起こし始めています。
そんな中、変化や効率を重んじる現代の潮流とは対照的なアプローチで豊かな未来の実現を見据えてきた女性が今回の主人公です。
その人物こそ、私たちの故郷・人吉球磨が誇る食の伝道師 本田 節さん。
「命の食事プログラム」という郷土料理の伝承や研修の開催、地域づくり拠点の創出、農泊を通じたグリーンツーリズムの推進。
食というコンテンツを起点に豊かな食卓と良く生きることのつながりを説き続け、その活動には国内外から毎年多くの受講者が参加しています。
そんな節さんが大事にするのが「もったいない」というコンセプト。
いたずらに目新しいものに飛びつくのではなく、この土地で500年以上育まれてきた球磨焼酎をはじめ、昔から土地に根付いてきた食文化や資源を活かすことで地域と人々の温かな循環を生み出してきました。
今回は相良700年という長い歴史の中で培われてきた人吉球磨の郷土料理を振る舞っていただきながら、現代を生きる私たちにとっての「食べること」の意味について迫ります。
郷土料理と先人の知恵
節さんが普段から提供するのは、郷土料理を作って食卓を囲むまでを参加者全員で共有する体験型のプログラム。
食材の下処理から調理まで、一つの空間を協力して作り上げていきます。
節さん/人吉球磨には多くの焼酎蔵がありますけど、せっかく来ていただいたので今日の料理には全て白岳を使っていきます(笑)。
節さん/球磨焼酎はこの土地を語る上で欠かせない食文化ですからね。
農作業を終えた人たちに極上の癒やしを与えながら、最高の発酵調味料として食品の保存や料理の味つけにも活用されてきたんです。
節さん/これは人吉球磨が誇る清流・球磨川で穫れた鮎です。
この立派な鮎をお醤油と球磨焼酎でじっくり炊いていくと、焼酎のふくよかな風味と鮎のいい香りが合わさった醤油煮の出来上がり。まさに地元の食材が出会った一品ですよね。
節さん/あと、郷土料理で大切なのがその土地で穫れた野菜たち。
ちなみにいま揚げているのは地元産のごぼうと農林水産大臣賞を受賞したこともある槻木地区の原木しいたけなんですよ。
節さん/これを甘辛く炒めてカレー風味に味付けすると、素朴で力強い野菜の風味と球磨焼酎との相性が抜群なおつまみの完成です。
これで白岳飲んでみてください、もうたまりませんから(笑)
節さん/最近はインバウンドの影響で海外のお客様も増えてきたので、これまで以上に野菜の持つ意味合いは大きくなってますね。
私もヴィーガンやハラール料理についての勉強を一から始めて、学んだ知識を講義や研修に活かせるよう日々研究を重ねています。
節さん/“郷土料理の伝承”と聞くと古いものをそのまま伝えるというイメージがあるかもしれませんが、実際は逆なんです。
今の時代に即した価値を常にアップデートしていかないと郷土料理の本質や食べることの意味を正しく伝えることは出来ませんから。
節さん/さあ、最後は今回のメイン「こんにゃく」を作っていきましょう。
節さん/今はスーパーで当たり前のように並んでいるこんにゃくも、昔は味噌や醤油と同じように各家庭で手作りされていました。
節さん/こんにゃく芋は元々茶畑の隙間で育てられていた作物なんです。
限られた農地を活用しながら新たな食材を生み出してきた先人たちの知恵には本当に頭が下がりますし、私自身も祖母からこの味を引き継ぎました。
節さん/茹でた芋に灰汁(あく)を加えてすりつぶし、生地をしっかりとこねて、形を整えた上でまた茹でていく。
こんにゃくを一から作ろうと思うと、確かに手間はかかります。
節さん/でも、長い間受け継がれてきた食文化を体験してもらうことで、普段の生活にある“食べることの尊さ”をもう一度見直してもらいたいんです。
節さん/食を紐解いていくと、実に色々なつながりが見えてくるんですよ。
その土地の自然風土や歴史、そして農業をはじめとする一次産業の大切さ。たった一つのこんにゃくからもその地域の在り方が浮かび上がってきます。
節さん/いま全国で様々な地方活性化の手法が生まれていますけど、私は郷土料理や農泊といった昔からある資源にもう一度光を当ててこの地域の良さを引き出していきたいですね。
私たちは昔から食べることを通じてその命をつないできたんですから。
節さん/茹で上がったこんにゃくを食べやすい大きさに切って柚子味噌を添えてあげると完成です。手作りは口当たりも最高ですよ
料理も出来上がったので、さっそくみんなで食べていきましょうか。
「いただきます」に宿る笑顔
こうして人吉球磨の恵みが詰まった郷土料理の数々が食卓に並びました。
地元の野菜を使ったお漬物
かまどで炊いたご飯
猪(いのしし)汁
美味しそうな料理たちを前に食事の準備を全員で進めていきます。
かまどで炊きあがったご飯は節さんがお茶碗によそってくれました。
そして、いよいよ食事の時間がやってまいりました。
この日みんなで集まれたことや地域の食材たちにしっかり感謝をして…
いただきまーす!
こんなに大きな声とともに手を合わせたのは子供の頃ぶりです。
色々なお惣菜がある中で、まずは冷えた体を温めるために猪汁から一口。
あぁ、これは沁みる…。
猪と野菜のうま味がこれでもかと感じられる滋味深い一杯。山の恵みをそのまま体に取り込んでるような幸せが押し寄せてきます。
節さん/ね、美味しいでしょう。
その猪汁は以前にジビエ料理の試食会をした際、東京の有名なシェフが一番美味しいとおっしゃって大絶賛されたお料理なんですよ。
ぜひ次はこんにゃくも食べてみてください。
手作りこんにゃくはこれまでに体験したことのない食感。
ザラッとした歯ざわりが心地よく、柚子味噌と合わせるとサッパリとした口当たりの中にこんにゃくの風味がふわっと広がります。
これには思わず白岳のロックを一杯…
くぅぅ、これは最高すぎる。
この後もみんなで楽しく会話しながらを食事をして、まるでタイムスリップしたかのようにどこか懐かしい食卓を堪能しました。
ちなみに猪汁は2回もおかわりをして大満足のお昼ごはんに。
料理をご準備いただいたみなさま、本当にありがとうございました。最後は節さんがこの活動に掛ける思いについて聞いていきます。
生きること、食べること
--節さんがこうした活動を始めたきっかけについて教えてください
節さん/昔から地域のコミュニティづくりには従事していた中で、最初の転機となったのが自身の闘病経験でした。
37歳の時に進行性のがんを罹ってから自分の命や死という現実と正面から向き合うようになり、食べることや生きることをもう一度しっかりと見直そうと考えたことが活動の原点になりましたね。
そして最も大きかったのが、私が師と仰ぐ山北 幸さんとの出会いです。
節さん/球磨郡湯前町で下村婦人会を立ち上げ、市房漬という加工食品を起点に地域を変革していった山北さん。あるイベントでお話した際にその生き方や考えに感銘を受けて以来、その哲学を私なりに実践してきました。
地産地消の農村レストラン「ひまわり亭」やここ「リュウキンカの郷」といった施設を立ち上げたのもそうした活動の一環なんです。
地元の食にフォーカスして地域と人をつないでいくために県内外の人たちが集まれる交流拠点をつくることからスタートしたんですよね。
節さん/郷土料理を伝承するプログラムや食をテーマにしたオーダーメイドの研修会、農家民泊向けのレシピ作りに加工食品の開発。
私が好きな考え方に「振り返れば未来」という言葉があるんですが、先人たちが遺してきた食文化や自分たちの足元に転がる宝物のような資源を再発見しながらこの土地に豊かな未来をつくることを大事にしてきました。
田舎には何もないと諦める人も多いですが、そこに生きている人の気持ちがあればお金では買えない豊かさをきっと創造していけるはずです。
--最後に今後の抱負について教えていただけますか
節さん/いまは新たに日本全国を巡るプログラムにも着手し始めていますし、世界の食文化についてもまだまだ学びたいですね。少しも休んでる暇なんて無くて、やることはまだまだ山積みですよ(笑)。
その上で、令和2年7月豪雨の際に全国の皆さんからいただいた温かいご支援に対しては一つひとつ返していくつもりです。
こうして活動出来ているのも復興を支えてくれた方々のおかげですし、あの被災経験を次の世代に伝えて一つでも多くの恩を未来に送っていくことが残された自分たちの使命だと思ってますから。
節さん/私がいなくなったとしても、先人たちから受け継いで伝え続けてきた食文化はこの土地で生き続けていきます。
だからこそ、これからも目の前の人が笑顔になる瞬間を大事にしながら山北さんが生前から大事にしていた「根っこのある暮らし」の実現に向けて一つでも多くのバトンを次世代につないでいきたいですね
季節が変わればまた美味しい食材も出てきますので、いつでも遊びに来てください。