リアル白岳二刀流時代を経て、現在の白岳の形を造りあげた「減圧蒸留法」というイノベーションと造り手のお話
現在メジャーリーグで大活躍中の野球選手といえば大谷翔平選手。大谷選手の代名詞リアル二刀流は2021年の新語・流行語大賞にも選ばれましたね。
さて、その昔「白岳」にも二刀流時代があったことをご存知でしょうか。
1975年から1979年までの約4年間は「常圧蒸留法」と「減圧蒸留法」という2つの蒸留方式で並行して製造していたリアル白岳二刀流時代なのです。
現在当社で製造している本格米焼酎は全て減圧蒸留法で製造されていますが、今回はこの「減圧蒸留法」というイノベーションと当時の造り手にまつわる物語を紐解いていきたいと思います。
「減圧蒸留法」に簡単に触れてみる
このnoteには小難しい話は極力避けるというポリシーがございますので、減圧蒸留法についてはライトに触れます。
まず、それまでの球磨焼酎は「常圧蒸留法」で造られていました。
常圧蒸留法は通常の気圧のもと蒸留の際に100度近い温度まで沸騰させたもろみを冷却・液化する蒸留法です。球磨焼酎特有の風味や香りが出る一方で、飲み慣れた人以外からはクセが強すぎるという声もありました。
一方、減圧蒸留法は蒸留器の中の気圧を下げて造る蒸留法です。低い温度で蒸留することで不純物などの蒸発を防ぎ、米の旨味はそのままに雑味の少ない味が抽出できるのが特長の製法となります。
常圧蒸留法が多数派だった球磨焼酎に減圧蒸留法を積極的に取り入れようとした造り手が高橋酒造4代目の高橋正剛(せいごう)。当社の現会長です。
当時、田んぼ一反(約300坪)が10万円だった時代に50万円の減圧蒸留機を購入したのですから、その覚悟たるや相当なものだったと思われます。
イノベーションと造り手の想い
新たな蒸留機との出会い
当時、造り手の高橋正剛には「米の風味を残しながらも、においを抑えた飲みやすい焼酎を造りたい」という想いがありました。球磨焼酎の良さでもある独特のクセが地元以外への販路拡大のハードルとなっていたからです。
なんとか出来ないものかと頭をひねっていた時に偶然耳にしたのが福岡の鉄工所が開発したという減圧蒸留機のニュース。1号機は香水用に開発された小型蒸留器を焼酎用に改良して導入しました。
度重なる試験出荷や18回もの蒸留機の改良を経て、1979年に今のすっきりと飲みやすい球磨焼酎「白岳」が完成します。また、常圧蒸留法で製造した白岳の製造が終了したのもこの年となりました。
造り手の美意識とジレンマ
造り手が苦心して作り上げた減圧蒸留の「白岳」ですが、発売当初地元では「こら焼酎じゃなか」(こんなの焼酎じゃない)と敬遠されていました。
クセのある球磨焼酎を飲み慣れたお客様からすると従来の焼酎イメージとはかけ離れていたんですね。しかしながら、それまで焼酎を敬遠していた人々や女性のお客様の支持を集めて、減圧「白岳」はその後一気に売上を伸ばしていくことになります。
と、ここまで読むと成功はあたかも必然の流れだったように見えますが、このエピソードにはイノベーションの本質と難しさが見え隠れします。
開発当初から造り手は「飲みやすい球磨焼酎の市場は必ず存在する」と確信していました。しかし、それは決して誰かが保証してくれた訳ではありませんし、データがあったわけでもありません。ざっくばらんな言い方をすれば本当にヒットするかは出してみなければわからない状態だったのです。
また、いつの時代も新しい取り組みに対する反応は懐疑的なことも多く
「こんなのは球磨焼酎じゃない」
「失敗したらどうするんだ」
という声も当時は少なくなかったと思います。
それでも造り手は減圧蒸留法という新しい技術に、巨額の資金と球磨焼酎を日本中に広げるという自らの夢を賭けました。不確定な未来に対して、造り手としての美意識と確信を貫いたのです。
結果、白岳は純米焼酎という今までの球磨焼酎とは異なる新しいブランドを生み出し、本格米焼酎が日本全国に広がる起爆剤となりました。
そうした意味で、減圧蒸留法というイノベーションの源泉には造り手の想いと勇気が存在していたといってもいいのかもしれません。
白岳のDNAは時代を超えて
減圧蒸留法というイノベーションを本格米焼酎に持ち込んだ現会長のDNAは時代を超え、新しい商品という形で現代まで受け継がれています。
5代目の現社長が開発し新しい焼酎文化を開拓した「白岳しろ」や6代目の姉弟が開発し現代の焼酎市場に新たなチャレンジを続ける「白岳KAORU」など、白岳ブランドも時代に合わせた変化を続けているのです。
時代が変わっても、造り手の苦しみや喜びは変わりません。今でも日々目まぐるしく変化する市場に向き合いながら積極的にリスクをとって挑戦を続けているからこそ、変わらぬ味と新しい味を更新し続けることができているのだと思っています。チャレンジこそ、白岳のDNAなのかもしれませんね。
今回は現在の白岳が生まれたストーリーを書いてまいりましたが、いかがでしたか。意外と毎日飲んでいただいているお客様でもご存じないことが多いストーリーですので、楽しんでいただけたのではないかと思います。
それでは、また来週!