清流・球磨川の名水にこだわる人吉冷蔵の氷といざ焼酎ロックの極みへ。48時間かけて凍らせるその澄んだ氷に老舗が込めた願いとは
うだるような暑さの中、キリッと冷えたグラスで一杯…。
滑らかな氷の感触と爽やかな喉越しがたまらない「オン・ザ・ロック」は、夏の定番として昔から親しまれてきた焼酎の割り方です。
そんなお酒と氷だけで勝負する焼酎の王道だからこそ、私たちの白岳しろでいつかは“究極のロック”をつくってみたい…。
今回こうした積年の想いを実現するために訪ねたのが、人吉球磨で100年近く良質な純氷を製造し続けてきたこちらの会社です。
地元を代表する老舗製氷メーカー・人吉冷蔵株式会社。
1927年(昭和2年)の創業以来、清流・球磨川の地下水をじっくりと凍らせる昔ながらの氷づくりにこだわり、まだ冷蔵技術が未発達だった時代から地域に氷を届けることで多くの産業を支えてきました。
そして、代々受け継がれてきた伝統の氷に魅了され、その素晴らしさを全国に発信しているのが人吉冷蔵3代目の山賀 隆司さんです。
このたび山賀さんに製氷現場を案内していただきながら、美味しいロックに欠かせない氷づくりの過程を一から学んでいくことに。
球磨川の名水が生みだす極上の氷と白岳しろの出会いを通じて、ここ人吉にしかない焼酎ロックの極みを目指したいと思います。
シンプルで奥深い、氷の世界へ
--この石碑はかなり古いようですが…
山賀/これは人吉冷蔵が創業した当時から代々伝わる看板です。
冷蔵庫が無かった時代の氷は貴重品で、昔は日本全国どの地域にも必ず氷屋があったといいます。実はうちも、人吉球磨へ安定的に氷を供給するために地元の名士たちが資金を出し合って立ち上げた会社なんですよ。
それでは、さっそく氷を作る工程を一緒に見ていきましょうか。
山賀/いい氷づくりには、何といっても“いい水”が肝心ですからね。
人吉冷蔵では国土交通省が主催する「水質が最も良好な河川」に何度も選出された、地元・球磨川の地下水にこだわって氷を仕込んできました。
山賀/この美しい原水を昔ながらの氷缶で凍らせるんですが、エアレーションで空気を入れて撹拌しながら周りを冷やしていくのがポイントです。
山賀/常に氷をかき混ぜる事で綺麗な水だけが外側でゆっくりと凍りながら、少しずつ氷缶の中央に不純物の含まれた水が集まります。
その真ん中に集まった水を捨て、クリアな原水を入れ直して凍らせることで向こう側が見えるほどの透明な氷が出来上がるんですね。
山賀/ただ、この純氷づくりにはかなりの手間も掛かります。
急速に冷却すると不純物が分離される前に一緒に固まってしまうので、マイナス10℃前後で約48時間かけて凍らせていくんです。じっくりと凍らせることで、大きな結晶同士が結びついて溶けにくい氷にもなりますから。
山賀/気心の知れた友人からは「お前の仕事は水を凍らすだけだから楽でいいな!」なんてからかわれることもあるんですよ(笑)。
でも家業を継いで自分が氷を作るようになってわかってきました。シンプルに見えるものほど実は奥が深い。それはきっと球磨焼酎も同じですよね。
山賀/ただ、こんな風に手間をかけて作る氷は透明度も全く違いますし、なにより口に含んだ時の味わいが格段に素晴らしいんですよ。
全国にはうちの氷を楽しみに待ってくれているお客様も多いので、最高の素材と伝統の氷にはこれからもこだわりたいと思ってます。
山賀/この氷缶で2日間かけて凍らせた氷が次の工程でカットされて、みなさんのお手元に届く製品へと変わっていきます。
続いては、当社の冷蔵室と加工現場をご覧いただきましょう。
山賀/こちらが先程完成した氷柱(ひょうちゅう)で重さは135kgあります。これはJIS規格で決まっている純氷の世界共通サイズです。
氷はデリケートな品物なので、保管や移動にもかなり気を遣いますね。
山賀/急な温度変化でひび割れなどを起こすこともあるので、温度の異なる冷蔵室を経由させて少しずつ外気温に近づけていくんです。
そして、この加工場で保管された氷柱を出荷のためにカットしていきます。
山賀/昔は丸ノコを使っていましたが、今は機械で切ってます。
氷は重量物なので、扱いを一つ間違えると命の危険もありますからね。僕も氷で指を切断したこともありますし、どんなに経験を積んでも一瞬たりとも気の抜けない仕事です。
山賀/完成した氷は少し水に馴染ませて出荷していきます。このひと手間で氷の舌触りがマイルドになるんですから、先人たちの知恵は偉大ですよね。
山賀/氷って手が届かないほど高価じゃないけれど、食事やお酒の味を変えて人生を上質にしてくれる力があると僕は信じてるんです。
今日は白岳しろも持ってきていただいていると伺ったので、そろそろ人吉産の米焼酎と氷で美味しいロックを作っていきましょう!
球磨川が生んだ、究極のロック
--さっき見たのとは形状が違うこの丸い氷はなんですか…?
山賀/これは「アイスボール 氷球」という商品で、先ほどの氷を丸くカットしたロックにはオススメの氷です。
この氷で焼酎やウイスキーのロックなんか飲むとびっくりするほどまろやかになりますよ。特に球磨焼酎とは相性抜群なので今回準備してみました。
山賀/向こうまで透けて見えるみたいでしょ?この氷をグラスに入れて、しろを注ぐと人吉冷蔵流「究極のロック」が完成です。
うーん、見た目がとても綺麗で見るからに美味しそうだ…。
山賀/では、一口、飲んでみますね。
山賀/くぅ…美味しいなぁ…。沁みますね。
うちの氷としろがいい感じに絡んで、トロッとした米の風味が浮かび上がってくるようで本当に素晴らしい味わいですよ。
山賀/お互いがしっくり来る様子を「水が合う」なんていいますよね。
そう考えると、人吉球磨の清流でつくった球磨焼酎とうちの氷は同じ水から生まれた兄弟みたいなものだから合わないわけが無いんですよ。もっと全国のお客さんに球磨焼酎を人吉の氷で飲んでほしいですもん。
いい焼酎って、いい氷があって初めて完成するんじゃないのかな。
--いま、氷の出荷ってどんな状況なんですか?
山賀/はっきり言って、昔の最盛期からすると下降しています。
一番いい時は年間6万~8万個の氷を出荷して、24時間稼働していたこともありましたから。最近はコンビニやスーパーで手軽に購入できることもあって、出荷数量だけみるとかなり落ち込んでますね。
ただその反面、「人吉冷蔵の氷じゃないと」って言ってくださるお客様やお店の方もかなり多くいらっしゃるんです。
山賀/あるお客様は一日だけ奥様が氷を切らして、別の氷でお酒を出した時に「これ、氷変えた?」って一発で見抜かれたらしいです。嬉しいですよね。
僕は経営者なので売上はもちろんですけど、もう一方で“人吉に氷屋がある”という価値を何よりも大切にしたいなと思ってます。
いまある会社様と人吉の氷を東京で広めるプロジェクトを進めていますが、その根底には氷を通じて日本全国の人達に人吉球磨という土地の良さを知ってもらいたいという想いがあるんです。
山賀/うちは昔から人吉の名産である天然鮎も扱っていますけど、これも昔は鮎を氷漬けにしていたことがきっかけで生まれた事業でもあります。
球磨焼酎や天然鮎といった人吉球磨の食文化を伝えるかたわらでいつも主役を輝かせてきた名脇役が人吉冷蔵の氷だと捉えていますし、これからもそうありたいなって思ってるんですよね。
きっと私たちがつくる氷で、この土地の良さは伝えていけるはずですから。
澄んだ氷の向こうにある未来
--最後はこれから未来に向けて取り組みたいことを教えて下さい
山賀/そうですね…。これまでの話とつながるかもしれませんが、僕はやはり自分のつくる氷で一つの「文化」を作っていきたいです。
氷って昔から冷やす・保存する・運ぶといった機能を通じて、食文化の発展に大きく貢献してきたアイテムだと思うんですよ。
山賀/そう考えてみると、氷ってある意味「文化の担い手」なのかなって。
みなさんが一生懸命造っている球磨焼酎も私たちが提供する天然鮎も誰かの手元に届いて楽しまれる時にはかならず氷が側にあるんですよね。
特に人吉冷蔵はその大事な役割を地域で担ってきた唯一の氷屋だからこそ、その100年近くつなげてきた文化の灯りを自分の代で消すわけにはいかないという想いが日に日に強くなってきました。
山賀/毎日真剣に氷を作って、その価値を届け続ける。
僕が出来ることはこれくらいしか無いですけど、きっとこの小さな営みが未来の文化を作って行くことに繋がればいいなって思います。
その夢を地道に追い続けて、いつかは人吉球磨の氷が全国でも有名な一大ブランドへと成長できるにように頑張りたいですね。
--本日はありがとうございました!
山賀/球磨焼酎のイベントでは人吉冷蔵の氷をよく使っていただいてますし、今日紹介した氷以外にも色々な商品があるのでぜひまた使ってください。
今度はうちの鮎やうるかと白岳の米焼酎を合わせて一杯呑みながらゆっくり話しましょう。その日が来るのを楽しみにしてます!