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平均年齢70代が起こすイノベーション!?人口170名の「限界集落」が消滅の運命に立ち向かうため、いま未来に希望の種を蒔き始めた

近年、日本社会が直面している少子高齢化という現実。

その中でも、人口の過半数が65歳以上の高齢者で構成され、共同社会生活の維持が難しい状態に置かれている地域を「限界集落」といいます。

離農による田畑の荒廃や生活インフラの破綻が進む限界集落の数は全国で2万以上と言われ、将来的に消滅が危ぶまれる集落も少なくありません。

しかし、そうした向かい風に対して高齢化した住民たちが自ら立ち上がり、地域に活力を呼び起こそうとする熱い動きがここ熊本にはあります。

熊本県八代市坂本町  鶴喰(つるばみ)地区。

かつて鶴の飛来地だったことからその名が付けられたこの地も、過疎化によって住民数が最盛期の4分の1以下に落ち込んだ典型的な限界集落でしたが、2017年に持ち前の豊かな自然を起点としてある組織が生まれました。

その名も、農事組合法人「鶴喰なの花村」です。

美味しい農作物を生み出す一次産業、その豊かな恵みを加工する二次産業、そして体験価値を提供する三次産業まで、平均年齢70歳以上の組合員が集落の盛り上がりを取り戻すために新たなビジネスを生み出しています。

そして、この組織の立ち上げの一人として今も様々な活動を推進する人物が、鶴喰なの花村の事務局を担当する早川 博秋さんです。

社会を変革する起業やイノベーションは、若者が興すもの

そんな常識を根底から覆して地域を復活させようとする鶴喰の挑戦には一体どんな想いや背景があったのか。今回は集落を見学させていただきながら、その取り組みについて早川さんに伺っていきます。

限界集落に咲いた一つの「花」

--早川さんはずっとこの場所で暮らしてこられたんですか?

早川/いえ、私は18歳の時にこの集落を出て関西方面で働いてから、50歳を過ぎて故郷の鶴喰に帰ってきたんです。

いざ帰って来ると色々なものが変化してましたよね。自分自身も年齢を経てこの地域への見方が変わっていましたし、この場所が限界集落化の一途を辿っているという現状を改めて目の当たりにしたのもこの時でした。

若い人が流出して過疎化が進んだ鶴喰の人口も最盛期の700名から170名前後まで減って、耕作放棄地や空き家が目立つようになっていたんです。

早川/こうした状況に直面して、私だけでなく多くの住民たちが集落の将来に危機感を抱くようになっていました。

ただ、私たちだけでは抜本的な解決策の実現が難しいと悩んでいた中で、2015年に鶴喰が熊本県の中山間農業モデル地区に選定されたことが私たちに大きな希望をもたらしてくれたんですよ。

どんな地域を目指すのかというビジョン策定や魅力的なコンテンツづくりに向けて、熊本県・八代市・JAと鶴喰が一体となったプロジェクトが2015年から一斉に動き始めたんですね。

早川/そして様々な議論を重ねた結果、私たちの目指す姿を実現するために設立したのが農事法人組合「鶴喰なの花村」だったんです。

春になると、田んぼに咲き乱れる菜の花はこの地区の美しい原風景。その昔から変わらない集落のシンボルを法人の名前にも託すことにしました。

早川/いま、私たちは鶴喰の強みでもある農業を基盤として、誰かに頼るのではなく自分たちの力でビジネスを立ち上げて収益を作ろうとしています。

農作物のブランド化を中心に据えながら、味噌や漬物といった加工品づくりや農業体験など観光価値の向上に向けた施策を組合員で協力しながら推進しているんです。

早川/鶴喰なの花村のメンバーは60~80代が中心ですが、地域をなんとかしたいという想いは若い人にも負けてない自信があります。

そうだ、今日はせっかく来ていただいたので集落を見学してみませんか?

実際にご覧いただくことで、私たちの取り組みや課題についてもスムーズに理解していただけると思いますから。

鶴喰ブランドとエミューたち

--こちらは何の施設なのでしょうか?

早川/ここは、お米の加工を行うために新設したライスセンターです。

これまで鶴喰では各農家が育てたお米を親戚や知り合いに縁故米として配ることが多かったのですが、改めて「鶴喰米」というブランドを立ち上げることで地元の学校給食や道の駅を中心に販路を開拓し始めました。

早川/鶴喰米をつくる上で、こだわり抜いたのがお米の味です。

何度も改善を重ねてその質を磨き上げ続けた結果、県が推進する「熊本県推奨うまい米基準」で最高等級のSランク認定を受けるなど、全国でもトップクラスの美味しいお米を生み出すことに成功しました。

また、この施設で収穫後の精米や乾燥調整・袋詰も一貫して行えるようになり、最高の鮮度で出荷できるようになったのも大きな変化なんですよ。

早川/このライスセンターの誕生で、地元や近隣地域で穫れたお米の乾燥調製・籾すり・袋詰めも請け負える仕組みが出来たので、今後もこの施設から新たな収益化の柱を作れるように知恵を振り絞っていくつもりです。

あと、高齢化などで農業を続ける事が難しい農家さんからお借りしている土地で鶴喰米を生産をすることによって、田畑の荒廃を食い止める効果が期待できることも大事なポイントなんですよね。

ちなみに、こうした空いた土地を有効活用するための新たなビジネスとしてエミューの飼育にも着手し始めました。

早川/鶴喰の耕作放棄地でエミューを飼育することで害獣被害や自然環境の荒廃から土地を守りながら新たな収益を獲得していく取り組みを進めていて、不足した予算はクラウドファンディングで募りました。

最近ではエミューオイルという化粧品用の原料が注目を集めていますし、エミューのフンが有機肥料となって土地が肥沃化するという効果も期待できるので、中山間地域のモデルとして今後も力をいれていきます。

早川/そして、最後にご紹介するのが高収益野菜への取り組みです。

これまで鶴喰米に加えて高収益野菜の育成にチャレンジしてきましたが、続ける中で難しい側面も見えてきました。安定的に作物を育て、出荷するためにはどうしても人手が必要になるんですよ。

早川/このハウスではこれまでアスパラガスを育ててきましたが、本格的な人手不足を受けて撤退が決まりました。法人として取り組みたいことはあっても、やはり人材不足が過疎地における最大の課題なんです。

早川/ただ、難しいからといって私たちが諦めるわけにはいけませんよね。

若い人たちが安心して生活していけるような収入の基盤となる事業を一つでも多く作っていくことが、将来的に鶴喰へ大きな活力をもたらし、未来の希望へと繋がっていくわけですから。

早川/さて、ここまでは新しい取り組みを中心に見ていただきましたが、最後は鶴喰が未来に向けて遺したい伝統に触れていただきたいと思ってます。

名人がつなぐ“幻のぼたもち”

早川/こちらは鶴喰の“食名人”として知られる、呑田 サエ子さんです。

今日は昔からこの土地で親しまれてきた「幻のぼたもち」をインターネットで販売するために月に一度製造する日なんですよ。

早川/当時このあたりには8つの小学校があって、各校区がそれぞれのレシピで個性豊かなぼたもちを作っていたんですけど、いまも変わらずに作り続けているのはもう呑田さんだけになってますね。

呑田さん/鶴喰のぼたもちはもち米とよもぎを混ぜ合わせてついたお餅に、吹かした唐芋を混ぜ合わせていくんです。

呑田さん/だから鶴喰でぼたもちが作れるのは、唐芋が出回る秋口の10月頃から翌年4月か5月くらいまでなんですよ。

呑田さん/生地全体にきなこをまぶして、あんこを包んだら完成です。

呑田さん/どうぞ。せっかくだから一つ食べてみてください。

呑田さん/ね、出来たてのぼたもちは本当に美味しかでしょう。

呑田さん/昔はお祭りやら法事やらあると、みんなが「おいしい」って食べてくれるのが嬉しくて、ぼたもちを沢山作って振る舞ってました。今も楽しみにしてくれる人がいるからこうして頑張れるんですよね。

早川/このぼたもちは熊本県向けのモニターツアーを実施していた際に担当の方から「絶対に商品化したほうがいい」とアドバイスを受けて、2023年からインターネット限定の販売を開始したんです。

そんなに多くの数は作れませんけど、おかげさまで毎回販売してすぐに完売するほどの引き合いをもらっています。

新しい事業の立ち上げはもちろん大事ですが、鶴喰に伝わる文化を次の世代へとつないでいくことも我々の大切な役割ですから。

--今回、しろのボトルにはどんな抱負を書かれたんですか?

早川/ずばり「何とか人手を確保しろ」って書かせてもらいました(笑)。

やっぱり過疎地で事業を突き詰めていこうとすると、どうしても最後は人材不足という問題に突き当たるんですよね。

取り組みを大きくしていくためにはどうしても若い人の力が不可欠ですし、地域に活力が生まれれば出来ることも増えていくはずなので、これからも鶴喰の魅力を地道に発信し続けていきたいと思います。

早川/今日はぼたもちを食べていただきましたが、初夏には「みょうが饅頭」づくりが始まりますので、またその時は鶴喰に遊びに来てください。

まだまだこれからも鶴喰なの花村は進化し続けていきますので、次回はぜひ一緒にお酒でも飲みながら楽しく盛り上がりましょう!