いつもの食卓をリストランテに変える出張料理人 井本 慶太。本場仕込みの絶品イタリアンとしろを合わせて、出張料理の醍醐味を聞いた
本場で磨きあげたイタリア料理の腕前と
地元・熊本県産にこだわる、厳選食材の数々
美味しいものを求める人々の元を日夜渡り歩いては、熟練の技術と天性の閃きを織り交ぜた一皿で食卓に笑顔を届けてきた孤高の仕事人がいます。
出張料理人・井本 慶太さん
熊本の有名店や自身のお店で、シェフとして活躍してきた井本さん。
ある時から、お客さんと近い距離で料理を振る舞える出張料理の魅力に取り憑かれ、本格的にそのキャリアをスタートしました。
そんな井本さんが大切にするのは「日常を非日常に」というコンセプト。
出張料理にとどまらず、ケータリング・料理教室・レンタルシェフとサービスの幅を日々広げることによって、日常生活では中々味わうことが出来ない特別な料理と体験で非日常の空間を演出しています。
このたび初めて出張料理と出会った私たちは、井本さんに「白岳しろに合う出張料理を作って欲しい」という依頼をしました。
今回はプロの出張料理人が織りなす美しいイタリアンと白岳しろを楽しみながら、出張料理の醍醐味やその奥深さに迫ります。
「出張料理人」という名の仕事人
--井本さん、本日はよろしくお願いします!
井本/こちらこそお声がけいただきありがとうございます。今日はしろに合う前菜とメインの2種を作っていきます。
いつも料理しながらお客様と会話させていただくことが多いので、遠慮なく話しかけてくださいね。
--まず、出張料理ってどんなサービスなんですか
井本/出張料理はその名の通り、シェフである私がご家庭に出張し、いつものキッチンで料理を作って振る舞うサービスです。
材料の準備や片付けも一切不要。お子さんがいらっしゃるご家庭でも周りの目を気にせずに、自宅にいながらにして本格レストランの味を楽しむことが出来るので、特にお母さんたちからご好評いただいています。
「何年ぶりだろ。こんなにゆっくり座って食事できたの」
実際に出張料理を利用したお母さんたちが、一言一句同じようにこんな言葉をおっしゃるんですよ。
井本/食べるって、本来楽しいことですよね。でも、子供を育てていると食事を楽しむ余裕すら無くなることもあります。そんなご家庭にも、食べる歓びを提供できたらと始めたのが出張料理だったんです。
自分が育児をして初めてわかりましたけど、子供が小さいと家で普通に料理すること自体難しいんですよ。一生懸命作っても食べてくれないし、そもそも食べさせるので必死ですから。
それが出張料理だと、お母さんたちがストレスが無く食事を楽しめて、そんなお母さんを見た子どもたちもハッピーになる。結果として食卓に笑顔が広がるんです。そんな光景を間近で見ると、たまらなく嬉しいですね。
--でも、出張料理って難しそうですよね
井本/料理の腕はもちろんですが、大切なのは準備と対応力です。
お客様の好き嫌いやアレルギーにも対応できるよう、あらゆる状況を想定して事前に複数の材料を仕込んで現地に向かいます。
井本/そして、訪問先でキッチンや調理器具、食器を確認し、どんな料理をどの順番で作っていくのかその場で決めていくんですよ。
出張料理には必ず依頼者がいらっしゃるので、「合わせる、寄り添う」というスタンスでいることがなにより大切です。
井本/慣れるまでは難しいですけど、毎回現場が変わって常に新しい感覚で料理と向き合えること、そしてお客様の反応をその場で楽しめること。
この2つが、出張料理の面白さでしょうね。
井本/そして、話している間に一品目の前菜「南阿蘇産虹鱒(ニジマス)のクーポレ」が完成しました。
どうぞ召し上がってください。
井本/熊本県産 真鯛のダシを染み込ませたクスクスの上に、野菜を包んだ虹鱒を乗せて、最後に山女魚(やまめ)の卵の醤油漬けを添えました。
井本/ポイントは、アクセントの酸味をつけるためのイチゴです。この料理はぜひハイボールとお楽しみください。
--惚れ惚れするほど、美しい…。恐る恐るナイフを入れます
--クスクスの魚の風味と虹鱒の食感が絶妙です…。見た目は完全にイタリアンですけど、どこか食べ慣れた味のような。
井本/この料理の味つけには、しょうゆとみりんを使っています。
今回米焼酎のしろに合わせるというオーダーでしたので、調味料も同じ穀物系にしてみました。ただ、それだけだと単調で面白みのない味になるので、酸味づけにイチゴを合わせています。
--美味しい…。複雑な味をしろがまとめてくれて、前菜には最高ですね!
井本/ありがとうございます。真鯛の風味とイチゴのペアリングが最高ですよね。それでは、いよいよメインを作っていきましょうか。
熊本県産の食材にこだわる理由
--井本さんは熊本県産の食材にこだわっていると聞きました。何か理由があるんですか?
井本/そうですね。イタリアで修行した経験が大きいかもしれません。
料理はもちろん、人種や宗教。あらゆることが日本と異なる海外で働くと、自分が生まれた国を俯瞰(ふかん)して見れるようになるんです。
僕は料理をする上で土地の良さを活かすことを大事にしているんですけど、この時に初めて熊本という土地の豊かさに気付くことができました。
井本/料理って、いろいろな材料を合わせて作っていきますよね。
個性豊かな素材を使って料理をする上で、中性的な役割で料理を構成してくれる食材がどんなレシピにもあるんです。そうした食材に地元・熊本県産を使うことで、他には出せないこの土地だけの味を作りたいんですよ。
井本/そのために、料理もどんどんシンプルにしたいなって。
料理人ってどうしても色々やりたがるんです。僕だってそう。だけど、土地の味をそのまま楽しんでいただくためには、あまり食材に手を加えすぎないほうがいいと最近考えるようになりました。
井本/まさに、引き算の美学ですよね。
土地の素晴らしい食材が目の前にあるんですから、そこに付け加えるんではなく、ただその良さを引き出してあげればいいんだと。
井本/というわけで、お待たせしました。
メインの「県産豚肉と菊芋牛蒡のバルサミコ煮」でございます。
井本/ソテーした豚肉に合わせたのは、バルサミコ酢で煮た牛蒡(ごぼう)と今が旬の菊芋(きくいも)のソースです。
材料は全て熊本県産で、これもバルサミコ酢の酸味がポイントですね。
井本/この料理には、水割りが合うんじゃないでしょうか。
--見てください、この美味しそうな断面とソースのバランス
--うん。菊芋の柔らかな香りとバルサミコ酢の酸味が絡まって、いつのまにか豚肉が口の中で溶けていきます。これはすごい…
井本/味の決め手は、バルサミコ酢です。
豚肉と菊芋のソースは相性抜群なんですけど、それだけだとインパクトに欠けるので、牛蒡をバルサミコ酢で煮てアクセントに使いました。どんな味にも合う米焼酎だからこそ味わい深くなる料理だと思いますよ。
--井本シェフ、どちらの料理も最高でした。ありがとうございました!
井本/喜んでいただけたようでよかったです。
またこんな機会がいただけたら新しい料理を考えてきますので、いつでも出張させてください(笑)。
いま、この瞬間と向き合っていく
--このインタビューでは、最後に今後の抱負を聞いているんですが
井本/抱負ですか…。僕はどちらかといえば、先のことを綿密に計画して行動するタイプではないんですけどね(笑)。
そもそも、料理の道を志したのも、あるおばあちゃんから言ってもらった「25年前のありがとう」がきっかけだったんです。
僕が作った料理を食べたときに、あのおばあちゃんが言ってくれたありがとうが未だに忘れられないんですよ。どれだけシェフとして経験を積んでも、あの日の感動だけを追い求めて料理を作ってきた気がします
井本/出張料理を始めた時も、同業者からは“出張料理の市場は少ない”、“井本さんの料理はレストランで食べたい”という意見を貰いました。
そうした声はありがたかったですけど、僕は自分が求めてきたありがとうにより近づくため、もっとお客さんに近い場所で料理をしたかったんです。
井本/こういう生き方は不器用なのかもしれません。でも、僕は過去でも未来でもなく、今を積み重ねていくことしか出来ない人間です。
自分が驕らないためにも、目の前の目標を見据えて亀のように一歩ずつ歩を進めていく。そんな地道でゆっくりな遠回りが、これまでも結果的にいい未来へと繋がってきたんですよね。
非効率に見えても、自分なりに決断して取り組んできたことに無駄なことは一つも無い。そんな風に日々自分が料理を出来ていることに感謝をしながら、また明日から腕を奮っていくつもりです。
井本/出張料理人としてお客様のもとに訪問すると、出会いとか体験といった人間の温かみが感じられる瞬間をみなさんが求めているように思います。
だからこそ、僕も出張料理というスタイルでしか実現できないハートフルな料理とサービスで、食卓を彩り続けていければと思っています。
これからも一つでも多くのありがとうを頂けるように頑張りますので、またぜひ出張料理に呼んでくださいね。