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日本の磁器を400年支える至高の原料「天草陶石」。その生産地がいま陶磁器ブランドを立ち上げ、世界へと発信するまでの物語に迫った

日本最古の磁器とされる、佐賀県の有田焼。

その透明感あふれる純白の磁肌と鮮やかな絵付けのコントラストで誕生以来多くの人々を魅了してきた世界有数の白磁器です。

この有田焼ならではの透き通るような白や丈夫な造りに欠かせない原料を400年以上供給してきた一大生産地がここ熊本にあります。

熊本県天草郡   天草陶石(とうせき)

江戸時代の蘭学者・平賀源内をして“天下無双の上品”と言わしめた陶石で、有田焼や清水焼といった有名窯元や大手陶器メーカーにもその品質を認められてきた国内生産量の約8割をカバーする最高級品です。

一方で、こうした陶石の生産地として名を馳せてきた天草にいま自分たちの陶磁器ブランドを発信する動きが生まれています。

そして、今回そうした取り組みについてお話を伺ったのが天草陶磁器を代表する窯元の一つ 内田皿山焼 2代目の木山 健太郎さんです。

PROFILE  木山  健太郎  KIYAMA  KENTARO
熊本県天草出身/有限会社 木山陶石鉱業所 内田皿山焼 代表/大学卒業後に京都で焼物の基礎を学び、陶芸の修業を経て家業に就く

地場の伝統産業でもある天草陶石の採掘業を担いながら、自身も陶芸家として多くの作品を生み出している木山さん。

地元素材や昔ながらの製法にこだわり、古くからこの地で作られてきた天草陶磁器の魅力を現代に蘇らせようと奮闘してきました。

“陶石の島”から“陶磁器の島”へ

いまそんな掛け声を上げて生まれ変わろうとする天草の歴史や物語を紐解いていくことで、熊本が誇るもう一つの“しろ”の実像に迫っていきます。

天草陶石という地域の宝

--木山さん、まずは天草陶石について教えていただけますか

木山/天草陶石が発見されたのは豊臣秀吉の朝鮮出兵を期に多くの陶工が日本にやってきた17世紀頃で、有田焼の創業と同時期だと言われています。

うちも陶石の採掘業がルーツなんです。

私の曽祖父にあたる初代が慶應義塾大学で福沢諭吉先生の薫陶を受けていた際に起業についてアドバイスを求めると、“地元で陶石の仕事をしなさい”という助言をいただいて明治30年に創業したと聞いています。

よく家族では「陶石のすゝめ」だねって冗談ぽく笑っていますが、その家業も私で4代目となり創業から120年以上を迎えました。

--素材として、天草陶石はどのような点が優れているのでしょうか?

木山/まずは色ですね。専門用語で白色度というんですが、天草陶石は不純物が少なく焼き上がると透明感のある美しい白が出てくれるんですよ。

次が可塑性(かそせい)と呼ばれる素材の粘りです。通常の陶石は添加物を加えて状態を安定させるんですが、天草陶石は単体でも成形できる適度な粘りをもっているんです。

そして最後が耐火性。白磁を焼く窯の温度は最大1300℃まで上がりますが、その高温に耐えられる素材としての強さも磁器に向いている要因ですね。

木山/あと天草は他の採石地と比べても陶石の埋蔵量が豊富で、安定して原料を供給できるという強みもあります。

きめ細やかで透明感あふれる白色を表現することが出来て、単体でも加工がしやすく高温にも強い。そしてなにより、安定的に入手しやすいという陶工にとって三拍子揃った素材が天草陶石なんですよね。

最近ではその品質の高さから食器以外にも高圧ガイシや衛生陶器の原料としての引き合いも増えていて、まさに島が育んだ宝と言っても過言ではないでしょう。

陶磁器から見る、天草の歴史

-‐そんな陶石で有名な天草が、いま陶磁器に力を入れていると伺いました

木山/実はこの地域でも古くから陶磁器は作られていたんですよ。

ただ、江戸時代の天草は「天領」と呼ばれる幕府の直轄地で積極的な産業の奨励や保護が無かったこともあり、統一したスタイルが確立することなく各々の窯元が独自の作風で焼物を作っていたんです。

そうした歴史的な背景もあって天草には強い陶磁器ブランドが生まれなかったとされる一方、藩の上意下達ではなかったからこそ各窯がお客様との対話をベースに個性豊かな陶磁器を生みだせていた側面もあるんですよね。

木山/ちなみに、ここ内田皿山焼もそんな古い歴史を持つ窯元の一つです。

この辺は志岐粘土と呼ばれる良質な土が取れることでタコ壺の生産も盛んですが、私の父があるタコ壺窯を引き継いで土地を慣らしている時に地中から古い紋様があしらわれた多くの陶片が発見されました。

後の調査でそれらの磁器は1650年頃からこの地域で作られていた焼物だと判明し、その歴史に埋もれてしまった“幻の陶磁器”を現代に蘇らせたいという先代の想いからスタートしたのが内田皿山焼なんです。

木山/現在は私がこの窯の2代目を継ぎましたが、昔から伝わる原料や製法を活かした焼物づくりを大切にしてきました。

作れる数自体は多くないんですけどね。地元産の天草陶石や自家製の柞(いすのき)でつくった釉薬、そして荒磯文という当時の紋様を活かした「オール天草」の精神には出来るだけこだわりたいなと。

見てください。これが当時出土したものを再現した磁器なんですけど、全体的に色味が淡くてどこか落ち着く風合いをしてますよね。

木山/こんな風に天草陶磁器は窯の歴史や表現を再発見していく営みなので、他の窯元はライバルではなく同じ志を持った仲間なんです。

そして天草の各窯元が長年自分たちの個性を活かしながら力を集結し続けてきた結果、2003年には天草陶磁器が国の伝統工芸品にも指定され、地道に開催してきた陶磁器イベントも今年で20回目を迎えました。

これからも最高の原料を発信してきたこの土地ならではの陶磁器ブランドを島のみんなで外の世界に届けていきたいですね。

伝統と革新のあいだで

‐‐こちらの工房で普段から焼物を作られているんですよね

木山/そうですね。窯で焼き上げるまでの作業を一貫してここで行っています。

採掘した陶石を砕いたあとに水を加えて粘土状に練り上げてから形を整えていくんですが、この配合も窯元によって異なるんですよ。また品質にブレが出ないよう鰻のタレみたいに継ぎ足しながら長年使っていくんです。

また磁器は粒子が細かいので粘土で作る陶器に比べてより成形が難しくて、ろくろ一つ回すにもかなり修行が必要になります。形を整えたものを乾燥させた後に素焼きして、絵付けをした後に釉薬を掛けていよいよ窯入れです。

木山/陶磁器づくりの中で最も難しいのが。この“本焼き”です。

1300℃以上もの高温になる窯のクセを考慮しながら磁器の配置場所や焼き時間を調整していくんですが、ここで失敗すると割れが生じたり上手く色が出なかったりするので一番神経を使う工程ですね。

ただ、しっかりと焼けたときには天草陶石の透き通った白に釉薬の艶や絵付けの色が綺麗に乗ってくれます。白というのは鮮やかな色を受け止めるキャンパスのような役割だと改めて実感する瞬間ですよ。

‐‐いま作品を作る上で特に意識していることはありますか?

木山/定番品と新商品をバランスよく作りたいとは思ってます。

慣れた世界から飛び出して新しいことに挑戦することで発見や成長に繋がりますし、何よりたまらなく面白いですから。特に陶芸の知識が無いデザイナーさんからのオーダーなんかはワクワクすることが多いですよ。

既成概念の無い分、とても発想が自由でユニークなんです。そんな人達が理想とする世界観にどれだけ技術で近づけられるかという仕事は張り合いもありますし、職人としてなんとか実現したいって燃えますよね。

木山/いま同じ天草の窯元・高浜焼さんと一緒に「amacusa」という新ブランドも立ち上げてますが、これもそんな挑戦の一つです。

伝統を守るためにあえて革新に乗り出すことが、結果的に天草陶磁器や自分の世界を大きく広げてくれたら嬉しいですね。

地元の文化を未来につなぐ

--今後、目指したい方向性を教えてください

木山/これからも地元・天草には何らかの形で貢献し続けていきたいです。

自分の生まれ育ったこの島が大好きなんですよ。自然や食べ物は豊かですし、何より人が大らかでいいですよね。外の世界で修行した期間があったからこそ、自分なりに天草の良さを再発見できました。

だからこそ、まずは家業である陶石の採掘業をしっかり守りたいなと。

木山/私たちが時代を超えて取り組んできた天草陶石の採掘は、有田焼や清水焼といった日本の文化を支えている自負があります。

そんな価値ある陶石業を担うものとして、作業環境をより安全にすることで次世代が安心して働ける環境を確保しながら、天草が誇る一大産業を未来につなげていきたいというのが今の率直な気持ちですね。

あとは経験や勘に頼るのではなく、最新の科学を応用して効率的に安定した材料を供給することも自分に課せられた使命だと捉えています。

木山/そして、天草陶石という先代から引き継いできた伝統を守る一方で、陶芸家としての新しい表現に取り組みたいという想いもあるんです。

自分が日々感じる楽しさや思いを天草陶磁器というかたちで世界中に伝えていくことで、いつのまにか私が大好きな天草の素晴らしさも伝播していくと信じていますから。

だから今回はボトルにも「前向きに楽しく仕事しろ」って書きました。これからも気持ちに従っていい作品をつくり続けていきます。

--本日はありがとうございました!

木山/うちの焼酎用コップで白岳しろのお湯割りなんか飲むと最高ですので、ぜひ一度試してみてください。

これからも熊本を代表する「しろ」として共に切磋琢磨していきましょう。また天草に来られた際はいつでも立ち寄ってくださいね。

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